上橋菜穂子さんの本の心に残るページ 7「神の守り人 下」

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神の守り人 ( 下 帰還編 ) を読んで

朝日新聞の記事で
上橋菜穂子さんが言われていた言葉

「他者の気持ちに寄り添って歩み、読み終えた時は、読み始めた時と少し違う場所に立っている
そういう物語を書きたい」 と

本当に上橋菜穂子さんの本を読み終えると少し違う場所に気持ちが立っている。
そうか、そう考えて生きていけばいいんだと、いつも私に思わせてくれます。

上橋菜穂子さんは、
「神の守り人 ( 下 帰還編 ) 」文庫版あとがき「プロフェッショナルの魅力」の中で

そういう修羅場をいく度も踏んでいくうちに、責任を負うのを当然のこととして、どんな状況になっても立っていられるようになっていくのではないでしょうか。そうやって仕事に磨かれて、自分に出来ることとできないことを悟ようになった人は、甘い幻想に逃げることをせずに、淡々と、自分が出来ることを成し遂げて行けるのではないかと思うのです。

我が身ひとつを頼りに生きてきたプロフェッショナルのバルサ。彼女が、そういう人間だからこそ、迷いの中にある少女に示すことができたこと。——それを書きたいと思ったとき、この物語は命を得たのでした。

と、書かれています。


また、
児玉 清さんが
「神の守り人 ( 下 帰還編 ) 」の解説の最後に
この物語に登場する人物たちもまた全員が上橋さんの想像上の人物であるのだが、正しい心、汚( けが )れた心、邪( よこしま )な心、美しい心、優しい心、人を陥( おとしい )れる卑( いや )しい心、疾( やま )しい心、悪い心、人間の複雑な心の襞( ひだ )と綾を、そして葛藤をものの見事に浮き彫りにしてくれることで、架空の物語が凄まじいまでの真実の人間ドラマとして読む者の心を穿つこととなる。

と、書かれています。

夕暮れの光が、王城の裏庭を黄金色に染めている。

で始まる「神の守り人 ( 下 帰還編 ) 」

この物語は、バルサが、その過酷な人生の中で培ってきた経験や知識を頼りに、ひとりの少女「アスラ」がしようとしている事がどんな事なのか、それが、どんなに哀しい事なのかをアスラに知らせようと、バルサの人生の経験を優しい言葉でアスラに伝えています。


私がこの、「神の守り人 ( 下 帰還編 ) 」を読んだ時に感じた、バルサが、アスラにかけた言葉を中心に紹介していきます。

またもや、少し長いですが、最後まで、ぜひ、読んで下さい。

29ページ バルサとアスラの目が合ったとき
バルサの目に浮かんでいたのは同情ではなく、ふしぎに明るい、強い光だった。これを、あんたはどう受けてみせる? と、その目が言っているような気がした。ロタ領に入った以上、これから、いやでもこういうことが増える。そのたびに傷ついて背中を丸めていたら、兄を助けになど行けない。
アスラは、ぎゅっと歯を噛みしめた。そのアスラの目に何を見たのか、バルサがほほえんだような気がした。バルサはくるりと馬の頭を返して、離れていった。

82ページから83ページ バルサのアスラに対する思い。
夜明けの青い闇に似た、しんしんと冷たいものが、バルサの胸にひろがっていた。
スファルが、この子を殺そうとしていたわけが、いまは、よくわかる。——なんという恐ろしいモノが、この子には宿っているのだろう。
頰に涙のあとをつけて、かすかに口をあけて、寝息をたてているアスラの寝顔は、あどけなかた。・・・・あまりにも、幼かった。
喉元に、沁みるような哀しみがこみあげてきて、バルサは、ぎゅっと歯をくいしばった。
運命を司る神がいると、よく人はいう。だが、もし、そんな神がいるのなら、なぜ、こんな幼い子に、これほどむごい運命をあたえるのだろう。
バルサは自分の寝台に腰をおろし、短槍を膝のあいだに立てて、額をつけ、目を閉じた。
( 命をたすけるだけでは、この子は救えない )
バルサは、そのまま、朝がくるまで、じっと動かなかった。

86ページから87ページ バルサの思い。
アスラに、二度と、あれを召喚させてはならない。人を殺させてはならない。
人を傷つけるということ——人を殺すということ。その意味を実感した時には、もうなにもかも手遅れなのだ。後悔もなにも、役に立たない。苦悩は一生魂につきまとい、消えることはない。
——人に槍をむけたとき、おまえは、自分の魂にも槍をむけているのだ。
ジグロの言葉が身に沁みてわかったのは、実際に短槍で人と戦ったあとだった。
・・・( 中略 )・・・( この子の手を、これ以上血で汚しちゃだめだ )

136ページ バルサとアスラの会話。
バルサは、かすかに首をふった。
「わたしは、神がどんなものか、わからない。幼い頃、父から、雷神ヨーラムがどんなふうにこの世を創造していったのか教わったし、ふしぎな精霊たちに、幾度か触れる機会があったけど。雲を湧かせ、雨を降らせる精霊の卵も見たし、人の夢をいただく花も見た。人の思いを青く輝く石に変える、透明な蛇に似た山の王にも出会った。だけど・・・」
バルサは、つぶやくようにいった。
「よい人を救ってくれて、悪人を罰してくれる神には、まだ一度もあったことがない」
アスラは目をあげた。バルサの目には、アスラを責める色はなかった。その目に浮かんでいたのは、深い哀しみだけだった。
「悪人を裁いてくれるような神がいるのなら、この世に、これほど不幸があるはずがない。・・・そう思わないかい?」

そして、
139ページ
バルサが、低い声で言った。
「わたしには、タルの信仰はわからない。タルハマヤがどんな神なのかも、知らない。だけどね、命あるものを、好き勝手に殺せる神になることが、幸せだとは、わたしには思えないよ。・・・そんな神が、この世を幸せにするとも、思えない」
涙を流しながら、アスラはバルサを見つめた。
「そんなものに、ならないでおくれ、アスラ。・・・狼を殺したときの、あんたの顔は、とても恐ろしかったよ」
氷のように冷たい手が、胸に触れたような気がして、アスラは、目を見ひらいた。
「サラユのような色をした衣をまとって、お湯からあがってきたときの、あんたは、とても美しかった。・・・見ていたわたしまで、幸せな気分になるくらいに」

297ページ アスラの胸の内
落ちかけてたチキさと、冷たいアスラの目が、ほんの一瞬合った。
あわだつようなよろこびに、なにかが刺さった。
アスラは、自分の目が見ているものを、とらえようとした。
( 目だ )
だれの・・・?
( お兄ちゃんの )
苦痛にゆがんだ、兄の目。必死に自分を見あげている兄の目。
湧きあがった泡が、冷たい風に触れて、はじけ、ちぢんでいくように、浮かれた快感が冷めていくと、なにかが心にもどってきた。
心の暗い底から、いくつもの声が聞こえた。その声には、懐かしい人の顔が伴っていた。自分を見つめて、呼びかけている。なにか、いっている。
兄の目。哀しい兄の目。——そして、哀しい、誰かの目。
( ・・・バルサ )
自分を見つめている目が、光となって心の底を照らし、いくつもの思い出が、きらめくように、噴きあがってきた。

316ページ バルサとチキサが、アスラについて話しているところ
「アスラが目覚めるかどうかは、アスラが決めることだよ」
「でも、決めるっていっても・・・」
「アスラの魂は、ここにいるよ。タンダがそう言ってた」
バルサの目に笑みがひらめいた。
「あいつは、嘘はつかない。アスラの魂は、ここにいるよ。ここにいて、目ざめるかどうするか、迷っている。・・・あんたみたいに考えているのかもしれないね。自分が目ざめてはいけないと、思っているのかもしれない」
バルサは、ほほえみを浮かべたまま、緑の野に跳ねる仔羊をながめた。
「目ざめなよ、アスラ。生きる方が、つらいかもしれないけれど」
ささやくように、バルサはいった。



バルサが、どのようにアスラを思い導いたのかを感じていただけましたか?

児玉 清さんが
「神の守り人 ( 下 帰還編 ) 」の解説の中で上橋さん自身のことを、

上橋さんは小さいころから「物語をつくる人にならなかったら、私は私でない」と思っていたと語る。そして、その手段として上橋さんが選んだ最初の道は史学科で学ぶことであり、そこで出会ったのが文化人類学であったという。しかも幸せな子ども時代を過ごし、自分自身で世界を切り開いた経験の一度の無い自分が、それで作家になろうとするのは大変おこがましいと考えた上橋さんは、異文化の中へ入りこんで、そこで一から人間関係を築いて行こうとした、というのだから凄い。
彼女が求めた異文化はオーストラリア先住民のアボリジニ文化であったが、ここで僕が上橋さんの心にさらに感動したのは「アボリジニ文化は彼らの財産であるから、そのまま小説に使うことはありません」と断固たる言葉であった。異文化に接し、そのエッセンスは吸収するが、自らの体験を通してまったく新たなる独自な物語を紡ぎ出す。

と、書かれています。


児玉 清さまの解説を読ませて頂いて、上橋菜穂子さまの凄さをあらためて心に止めた私です。


あなたの心には、どんな言葉が残りましたか?




Nahoko・Uehashi
 「上橋菜穂子さんの本の心に残るページ 6 神の守り人 ( 上 来訪編 )」は、こちらから

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