上橋菜穂子さんの本の心に残るページ 8「蒼路の旅人」

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蒼路の旅人 を読んで

著者の上橋菜穂子さんは、
軽装版巻末「蒼路の旅人」創作こぼれ話において、

この物語を読みおえた方は、最後のシーンで「え〜 ! 」と思われたかもしれませんが、私はこのシーンを書いていたとき、とても幸せな気分でした。それはもう、なかなか味わえないような、とても幸せな気分だったのです。

と書かれています。

“幸せな気分”の理由は、長い長い産みの苦しみを味わっていたとき、このラストシーンがふと頭に浮かび、物語全体が一気に浮上してきたからだそうです。


また、
蒼路の旅人の、文庫版あとがき「蒼い路」( あおいみち ) の中では、

私が心惹かれるのは、絶対の視点がない物語です。
俯瞰すれば無数の命がうごめく世界が見え、ぐっと近寄れば、ひとりひとりの人間のリアルな心の動きが見える。そして、そのひとりひとりの背後には、彼らを生み出してきた歴史が感じられる・・・・そういう物語なのです。

と書かれています。



そして、
評論家、大森 望さんが、
「蒼路の旅人」の解説の中で、
本書「蒼路の旅人」は、第四巻「虚空の旅人」に続いて、作品にバルサが登場しない「旅人」編の第二弾にあたる。主役は、新ヨゴ皇国の皇子、チャグム。バルサを主役とする「守り人」シリーズにとっては一種の外伝と言えなくもないけれど、チャグムの活躍を描く「旅人」編をはさむことで「守り人」の世界は立体的になり、奥行きも大きく広がった。異なる文化、異なる社会を持ついくつもの国々がぶつかり、人々の思惑が工作する “多音声の物語” を実現しただけでなく、チャグムの成長がこの大河ファンタジー全体を貫く縦糸の役割を果たしている。

と書かれています。



天が一面、薄墨を流したように暗くなった。 

で始まる 「蒼路の旅人」


この物語の前半は、チャグムが今までシュガに色々教えてもらった事や、シュガの言葉をヒントにして、自ら考え生きる道を模索していくことが綴られています。
チャグムとシュガの言葉を中心に紹介していきます。




91ページ チャグムがシュガを思って
船に切られて泡だつ白い波さえ、とてつもなく美しく見える。ときおり、銀色の腹をひらめかせて魚が跳ねるのも、おもしろくてたまらなかった。
( ・・・・シュガがここにいたら )
ふとチャグムは思った。
( あれが、なんという魚なのか、ひとつひとつ教えてくれただろうか。どのくらいの値段で取引されて、漁師たちには、どのくらいの税がかけられるのか・・・・ )
目に涙が浮かび、こらえる間もなく頬をすべりおち、風に飛ばされていく。祖父に涙を見られぬように、チャグムは顔をそむけた。

97ページ シュガの言葉
国をよくしようと動くたびに、よくなるための芽が摘まれてしまう。もがけば、もがくほど、締まっていく縄のように。
———いつか、あなたの時がくる。それまで、焦らず、希望をいだいて時を待つのです。と、シュガはよく諫めてくれたけれど、潔癖で気性の激しいチャグムには、耐えしのびながら待ち続けるということが、苦痛でしかたがなかった。

137ページ ジンがチャグムにシュガの言葉を語る
それは、星読博士しか持つことを許されぬ、アルサム <天童ノ守り札 > だった。
( シュガ・・・・)
チャグムは目をあげて、ジンを見つめた。
闇の中で、身じろぎもせず自分を見つめているジンの目に、チャグムは彼の深い苦悩を見た。神に等しい帝の命令に背くことは、彼ら <狩人 >には決して許されぬことだ。
それなのに、ただの星読博士に過ぎぬシュガの言葉に、彼はなぜ・・・・。
ジンが、低い声で、つぶやいた。
「・・・・あのお方は、わたしに、次の帝のお命をお守りせよと、おっしゃったのです。」
チャグムは、うつむいてアルサムをにぎりしめた。

168ページ ヒュウゴがチャグムに語っているところ
「チャグム皇太子殿下、わたしは、タルッシュ帝国の国獲りについて、よく知っております。
わたしが、殿下を帝にしたいと申し上げたのは・・・・それがたぶん、われらとおなじ祖をもつ、新ヨゴ皇国という国を戦火から救う、ただひとつの道だからです」
こんどは、その言葉は、チャグムの心の深いところを打った。
チャグムは、ぎゅっとこぶしをにぎりしめた。左手にはまだ力が入らず、傷に鋭い痛みが走ったが、それさえ気にならぬほどに、心が揺れていた。
敵とむかいあったときは、自分から話してはいけないと、シュガに教えられていた。
自分の心は見せず、相手に話させるのだと。けれど、いま、チャグムは聞かずにいられなかった。
「・・・・それは、どういう意味か」
男が、ほほえみを浮かべた。


ここからは、チャグムの考え、思いを中心に紹介していきます。


196ページ チャグムのヒュウゴに対する思い
逃げることにも、なんとなく迷いたあった。
ヒュウゴの、揺らがない目が、心に浮かんできた。
奇妙な男だった。底が見えない男だが、ゆがんだ感じがしない。策略をめぐらしていたとしても、なにかまっとうな考えがあってやっているのだろうと感じさせるものがある。
密偵というが、だれかに命じられた仕事をやっているだけ、という感じではなかった。一国の皇太子を攫ったというのに、とびこんできた手柄に舞いあがっているふうもなく、妙におちついている。

236ページ チャグムがヒュウゴの計らいを考えている
ここに来て、よかったのかもしれない。
とらえられ、タルッシュ帝国に都合のよい役まわりを担わされるために運ばれていくことになってしまったけれど、それでも、あの小さな宮を離れ、この異国の景色を見ていること、これはきっと、得難いことだ。
いま、自分は世界を見ている。故郷の狭い宮で思い描いていたよりも、はるかに広く、はるかに複雑な世界を。
そのうえ、これから敵の懐深く入っていけるのだ。
( ここにいる、こうなってしまった運命を、逆手にとることはできないだろうか )
なにかが、しずかに心に満ちてきた。

304ページ チャグムが一人思う
自分は、ろくに武力ももたぬ北の小国の皇太子だ。たしかに、皇子同士としての力は、ラウル王子に遠く及ばない。
( だけど・・・・ )
人の力は、そんなものだけでは決まらないはずだ。
国ももたず、山に臥せ、野を旅していても、だれにも屈することもなく、おのれの力一つを信じて、顔をあげていられる人だっているのだ。
皇太子の衣の下にある、素裸の自分よ、強くあれ ——と、チャグムは思った。

355ページ チャグムの願い
この旅を終えたとき、自分を待っているものが哀しみではなく、大切な人たちの笑顔であるように。たとえ、二度と会えなくとも、彼らの未来に光を灯せたと思えるように・・・・。
そのために、行くのだ。
目をあけると、澄んだ月の光が目にとびこんできた。月光が、暗い海に路をつけている。彼方まで、揺れながらのびている、蒼い路だった。


チャグムの皇太子としての思い、人としての思いの成長を、感じていただけましたか?


上橋菜穂子さんが、
蒼路の旅人の、文庫版あとがき「蒼い路」( あおいみち ) の中で、

ひとつの視点に固着することの恐ろしさを、私はずっと感じてきました。
人類の歴史の中で、唖然とするほどの大虐殺や悲劇を生み出してきたのは、悪意というよりはむしろ、ひとつの視点に固着した思想や意識であったと思うからです。
それでも、悲しいことに、人は真に複眼的な視点をもつことは、なかなかできず、多くの道が見えていても、進もうとするときは、ひとつの道を選ばざるをえません。
チャグムの選択は、まだ青い、少年の思いが選ばせた道でした。
彼の、その青い思いを、大人たちがどう支え、あるいはどう潰していくのか・・・・。
それを、私は、本書に続く三部作「天と地の守り人」で描きました。
動き出した物語 —— チャグムとバルサの行く先を見守っていただければ幸いです。

と、書かれています。




このブログは、なかなか書き進むことができませんでした。私の心の中の、あまりにも深い所まで色々な思いが、言葉が、入り込んでくるので・・・・。
ちょっと、あれも、これも、と、思いつつ・・・・。

チャグムが、一人でいるのに、逆境にいるのに、道を外れそうになりながらも、また、自からの力で、戻ってこれる。
心の深いところに、小さいけれど、揺るがない芯を持っていること。
それが、とても、羨ましく思えてならない自分がいることを、改めて確認させられました。

私が、生きていく上での指針になる言葉に溢れている。

そんな、物語なのです。


あなたは、あなた自身の何を確認させられましたか?

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