上橋菜穂子さんの本の心に残るページ 11「天と地の守り人 3」

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天と地の守り人「第三部 新ヨゴ皇国編」 を読んで

著者、上橋菜穂子さんは、天と地の守り人(第三部 ヨゴ皇国編)文庫版あとがき「天と地の間で」の中で、

私が書きたいのは、森羅万象すべてが、ただ「ある」だけの世界なのです。
草や虫、石、水や光、ありとあらゆるものが、同じように、ただ「在る」だけの地平に、、あるとき一瞬だけ生じる私たち。
その私たちが、この世がなぜこうあり、自分はなぜこう生きるにかを問いながら、それぞれの考えや思いに従って、うごめき、生きていく姿、そして、集団になったとき、思いがけぬ方向性が生まれ、その流れに押し流されていかざるを得ない姿、そう言うものを書きたいのです。
天から俯瞰すれば、全てはあるだけ。しかし、知に生きるものたちは、その「在ること」に様々な意味をつけ、感情を動かされずにはいられません。
そう言う、俯瞰(天)と個々(地)からのまなざしが交叉する物語を書いてみたいと、十代の頃からずっと、思いつづけてきたのでした。
文化人類学を学んだことと作家としての経験を得たこと、このふたつが私に書く力を与えてくれて、ようやく、その夢を少しだけ形にすることができたようです。

と、書かれています。



「チャグムの日誌より」
バルサ、あなたは、いま、どのあたりにいるのだろう。
あなたのことだ、大軍を率いているわたしたちより、ずっと身軽に山を越えて、もうタンダに会っているのかもしれないね。——懐かしいな、あのタンダの家。私はもう、二度と見ることはあるまいが・・・・。

で始まる。
「天と地の守り人 第三部 新ヨゴ皇国編」


この物語は、ひたすら、自身を信じて、周りの人々を信じて、そして、各々の国の民のために動き出した人々を待ち受ける試練の物語です。


事にあたるとき、自分たちにとって「都合の良いことを選択する」のではなく、みんなにとって「正しいことを選択する」という事の大切さを、この物語から教えてもらっていると思います。



私の心に残ったページを書き出してみました。




31ページ ラウル王子とヒュウゴ
ラウル王子は、暫し、無言で、目の前に立つ不敵な面がまえをした男を見据えていた。
彼が滅ぼした国に生まれたくせに、みずから志願して、彼の家臣になった男。まだ若いが、たぶん、家臣のだれよりも頭がきれ、肝も太い —— しかし、なにを考えているのか、底の読めぬ男。
自分が気づかなかったなにかを、この男は、気づいていたのかもしれぬ・・・そう思った瞬間、こみあげてきた不快感と怒りは、凄まじいものだった。
(中略)
駆けよってきた衛兵たちに腕を両側からつかまれたヒュウゴは、ラウル王子を見つめ、しずかな声でいった。
「・・・あなたの領土の土台に異変の兆しが見えたとき、思い出してください。わたしの言葉を。—— わたしは、その異変を止めてみせます」
ラウルは鼻でわらった。

35ページ ヒュウゴの思い
足もとが揺れはじめ、北の大陸への軍事侵攻も思いどおりに進まなくなったとき、ラウル王子は、生まれてはじめて大きな岐路に立つ。—— そのとき、これまで望み続けてきた方向へ、この帝国の舵を切れる好機が訪れる・・・。
これまで十年、さまざまな動きを見つめ、さまざまな種を蒔いてきた。やってきたことの真価が、ようやく問われる時が来たのだ。

193ページ シュガの思い
(なぜ、ナナイ大聖導師は・・・)
南の大陸から、この地にヨゴ人を導いてきた星読博士ナナイは、扇状地などに都を築いたのだろう?
青弓川はおとなしい川で、これまで氾濫することなど考えてもいなかったが、いま、あらためて考えてみると、それがふしぎに思えてきた。
扇状地は山の精気がたまる場所。よい力に満ちた場所であると(天道)ではみなされているが、いったん川が氾濫すれば水没の危険があるこのような土地に、なぜ、国の中枢たる都を、ナナイは築いたのか・・・。

196ページ ナナイの石板を読むシュガ
その問いに、ナナイは、こう答えていた。
—— 星読みよ、おのれの技を磨き続けよ。たゆまず、天を見続けよ。
天の災いを防いでこその、星読み。流れ去るなら、滅びよ、都・・・。
うなじに鳥肌が立った。
石板に触れたまま、しばし、シュガは動きを止めていた。
ナナイは複雑な男だった。わざわざ愚痴を書き残すような人間くさい人柄の奥に、はっとするような冷たさをひめていた。この世の生々流転を冷ややかに見つめているまなざしを、シュガは、いつも、彼の文から感じていた。
ナナイの、冷ややかな目が、自分を見ているような気がした。
(流れ去るなら、滅びよ、都・・・)
彼は、未来の星読たちの背に、敢えて刃を突きつけていったのだ。

198ページ シュガの心
—— たゆまず、天を見続けよ・・・・
そういいながら、ナナイはまた、星読博士に、帝のそばにあって国政を動かす聖導師という役割をあたえた。天を見ながら、政にも目をむけ、その両方を手のひらの上で操れるのは、ナナイのような不世出の天才だけだろうに・・・。
シュガは、かすかな笑みをその唇に浮かべた。
頭上には星空。眼下には、滅びを間近にひかえた都の明かりがひろがっている。
(地崩れのあとにも、草木は芽吹く)
心の中で、シュガは、つぶやいた。
(ナナイ大聖導師よ、あの世から見ているがいい。この星読みが、なにを為すかを・・・・)

224ページ チャグムの帰還、シュガとの対面
そして、最後に、シュガに目をむけた。
シュガは、頭をさげることも忘れて、長身の若者を見つめていた。
日に焼け、刀傷のあるその顔に光っている黒い目には、かつての、あの弾けるような明るい光はなかった。とても十七歳とは思えぬその目には、過酷な旅の記憶が、深い影を落としていた。
チャグムの顔に、ゆっくりと、笑みが浮かんだ。
「生きて、戻れた」
その目に光っているものを見て、シュガは、歯をくいしばって頭をさげた。喉もとに熱いものがこみあげてきて、声を出すことすらできなかった。

274ページ ジンがチャグムに会った時
青ざめたチャグムの寝顔を見るうちに、ジンの目に涙がもりあがった。ジンは敷物に額をつけた。
「・・・ご苦難のすえに・・・戻られたのに、このような・・・」
夜の海に身を躍らせたチャグム皇子を見送ってから一年。—— 叶うはずがないと思われた夢を、みごとに叶えてもどられたというのに。チャグム皇子を迎えた故国は、なんと心ない、酷い仕打ちをしたことか・・・。そう思うと、はらわたがちぎれる思いだった。

278ページ ジンの言葉
シュガの後ろについて歩きはじめながら、ジンは、ぽつんと、つぶやいた。
「・・・帝は、わたしを、お責めになりませんでした」
シュガは足を止めて、ジンを見た。ジンは涙が溜まった目で、シュガを見つめた。
「海に落とされても、生きて戻ったか。あれは、まことに、強い運をもつ子だ・・・と、おしゃられたのみでした」
シュガはうなずくと、スッと目をそらし、また歩きはじめた。

340ページ ヒュウゴの言葉
ヒュウゴは、言葉をラウルに叩きつけた。
「あなたは、短気で傲慢なタルッシュ人だ。おのれの癇癪にふりまわされて、すべてを破壊してしまうかもしれぬ。しかし、あなたには、ハザールにはないものがある。タルッシュ帝国を繁栄させたいという、強い願いと、それを実行していくだけの能力が。わたしは、あなたに賭けたのだ。—— 賭けに負ければ、生きていても、意味はない」
ラウルは、じっと、ヒュウゴを見つめていた。

342ページ ヒュウゴの言葉
ヒュウゴは、じっとラウルを見つめて、いった。
「・・・北の大陸にあらわれるという聖地 —— 永遠の楽園を夢みられた皇帝陛下は、すでに、眠りにつかれた。あなたは、この帝国を、永久の楽園にしてください。—— あなたに、それができると確信すれば、太陽宰相は、あなたの頭に・・・皇帝の冠を載せるでしょう」

358ページ チャグムとシュガの会話
「物事というのは、ふしぎなものですね。いったん流れの向きが変わると、これまでとは逆の向きに、勢いを増しながら流れはじめる」
シュガは、チャグムを見つめた。
「・・・殿下は、みごとに、流れの向きを変えてくださった」
チャグムは、赤くなって目をそらした。
「苦労をした甲斐があった。—— あとは、この流れを保てるよう、細心の注意をはらって、粘りづよく交渉を続けていくしかないな」
シュガが眉をあげ、ほほえんだ。
「・・・つくづく、ご立派になられましたな。まじめに問答の講義を受けるのがいやで、逃げ出す方法ばかり考えておられた殿下から、粘りづよく ——などというお言葉を、伺う日がくるとは」
チャグムは、鼻を鳴らした。
「わたしは問答がいやだったのではない。狭っ苦しい部屋に閉じ込められているのが、いやだったのだ」


以上です。

最後まで読んでくださってありがとうございました。


私には、物語を読んでいてどうしても 、シュガとヒュウゴ言葉が、心に届きます。


あなたには、誰の、どのような言葉が心に届きましたか?



393ページで上橋菜穂子さんは、
どんな状況の中でも、人は生きてきたんだな、と納得できる。他者がやってきたがんばりが、自分の心にも火を灯す。物語の中から戻ってくると、今の自分のいる場所が、それまでとは少し違う風景にみえ、風を感じることができる。それが、物語のもつ大きな力のような気がしているのです。

と書かれています。


私は、守り人の物語を読み終えると、いつも、上橋菜穂子さんの言葉に出会い、上橋菜穂子さんの本を読もうと思った時の気持ちを思い出します。

「他者の気持ちに寄り添って歩み、読み終えた時は、読み始めた時と少し違う場所に立っている、そう言う物語を書きたい。」

と言う、上橋菜穂子さんの朝日新聞の記事との出会い、すべて、この言葉から始まったのです。


また、
この物語の、一番最後の「追記」の中で上橋菜穂子さんは、

いま、窓から外を見ると、青いビニールシートで屋根を覆っている家が見えます。平成23年3月11日に起きた、東日本大震災の被害がまだまったく収まらず、(中略)途轍もない災害にいきなり襲われた多くの方々に、心からのお見舞いを申し上げます。(中略)
こういうときは、人の愚かさ、醜さも顕わになりますが、それを遥かに越えて、人の毅(つよ)さ、美しさも見えてきます。
天と地は、こうして、ただありつづけ、動きつづける。
その中に生まれおちた私たちは、いま、生きる、ということに向き合っています。
知と、理と、情を尽くして、己が負える荷を負い、ともに生きていきましょう。

と、書かれています。

もう、10年も前の「追記」ですが、
2021年を生きている私の心の奥深くにも響いてきます。

すごい、文章です。

そして、

すごい、言葉です。






前回の、
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Nahoko・Uehashi
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Nahoko・Uehashi
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