day・day ささやく 2022年 10月

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暮らしの日々から

*10月1日
呼吸。

生きているいとなみ。

身体の基本機能である呼吸。

はいて(呼)、すう(吸)
の順番でします。

ランニングをしている時の基本呼吸は、
息をはくことです。

また、

スイミングの練習をしている時は、
顔が水につかっている間じゅう、
息をはき続けることが基本です。

そうです、

人は、

オギャアと声を出しこの世に生まれ来る。

そこから、

人生が始まる。

出すと言うことは、
生きているいとなみと直接かかわっています。

身体の中にあるいろいろな思いを、

言葉にして、
文字にして、

身体の外にやさしく出していきましょう。

呼吸するように・・・





*10月3日
出していく。

キッチンにたまっているゴミを出す。
メールの受信箱にたまっているメールに返信をする。
不要とおもわれるものを思い切って処分をする。

心にたまっているいろいろな思いを、
やさしく出していく。

などなど・・・

やさしく出していくと、
心がスッキリしてきます。

以前書いた
「day・day ささやく 2022年9月19日」
の記事「短く伝える」を思い起こします。

怒るのではなく、伝える、ことの大切さ。

やさしいエネルギーで出していけば、
やさしいエネルギーがかえってくる。

やさしい声で、ゆっくり、出していく。

すると、
やさしい空気が広がっていく。

出していき方にも、心をくばりましょう。



*10月5日
風を。

自分をふりかえると、
時々、
人生の風を感じる時があった。

時には、
生きていることを問うように
強い風が吹くことがある。
そんな時、
風まかせにしてみませんか。
風を感じて、
風にのってみませんか。

今まで見たことのない景色を、
見ることができるかもしれません。

人は、
何か、わりきれないものを抱えて、
生きているものです。

かたくなった心をほどいて、
風まかせに生きてみる。

ちょっとだけ、
着地点を想像しておきましょう。

おっ、ここへきたか!

どのみち風は、また吹く。

吹きはじめた風を、
感じられる自分でありたい。



*10月7日
スピード。

あなたの周りにいる人たちは、
日々どんなスピードですごしているのか、
時々確かめてみませんか。

毎日当たり前のように
一緒に過ごしている人たちに対して、
自分の気持ちや行動が、
時々、
先へ先へと進んでしまうことがあります。

周りの人たちとあなたは、
姿も違い、年も違い、
それぞれが持っているスピードも違います。

お互いが相手を思い合わせようとしますが、
時がたつと、
周りの人のスピードを忘れてしまって、
いつの間にか、
置き去りにしてしまうことがあります。

周りの人のスピードを今一度、
思いおこしましょう。

歩みをそろえて一緒に歩きましょう。

子供と一緒に歩くときの気持ちを思い出して・・・

歩みをそろえて、ともに同じ方向を向いて。

同じようなスピードで、
ともに歩いていきましょう。



*10月9日
赤いグラス。

私は朝食の時、
ヨーグルトを赤いグラスで食べています。

えっ、グラスで食べるっ、と思われたでしょう。

その赤いグラスは、
下の息子が大学生の時、
沖縄に旅行にいったときのお土産です。
それも私の母へのお土産でした。
母が亡くなり実家を整理した際に、
私のもとにやって来てくれました。

初めは、食器棚で眠っていました。
しかし、使ってあげなければ・・・と思い、

赤いグラスを使う機会は・・・と
いろいろと考えてみて、
私の生活の中では、このときしかない・・・と

朝のヨーグルトを食べるときになりました。

ヨーグルトを食べるのに、赤いグラス?
と、思われたと思いますが、
食べやすさよりも、
この赤いグラスを使うということに、
私には意味があります。

母の思いと、下の息子の思いをかさねて、
朝、ヨーグルトを食べています。

朝、とても美味しく、
赤いグラスでヨーグルを食べています。



*10月11日
命日。

今日は、母の命日です。
もう亡くなって4年が過ぎました。
今でも、母の事は日々思い出します。

母はあの時どうして、
あの言葉を口にしたのだろうか?
と思うことが多くあり、
その時に、
なぜ私は問いたださなかったのかと、
今になって思う。

なかなか問いただすことのできなかった、
私がいたことをしみじみ思いう。
しかし、
そんなつもりでは無いことを伝えると、
それは、多分言い訳にしか聞こえない。
伝えてもその上から覆いかぶさってくる言葉を
予測できたからかもしれない。
だったらもういいやと・・・

母の世話をやり切った思いは私の中にある。
だから、後悔のような気持ちはない。

しかし、
母が大好きで、
母に、褒めてもらいたい。
母に、認めてもらいたい。
母に、頼りにしてもらいたい。
という思いが、
私の中に常にあったのは、
確かである。



*10月13日
相手の名前。

相手の人の名前を口にして、
会話をしましょう。

初めて会った人なら、
自分の名前を、
覚えてもらえているのがとても嬉しくて、
また、
身近な人であれば、
自分を認めてもらっている気がします。

「〇〇さん、どう思いますか」
「そうやんね、〇〇ちゃん」

相手の名前を会話の中で、
声にしていきましょう。

自分が、
されたら嬉しいことを、
相手に対して、
心がけていきましょう。



*10月15日
掃除。

掃除機をかける。

いつものように、
掃除機をかけるではなくて、

ほこりを見つけて、
きれいにするという気持ちが大切です。

いつもとは、違うところに目を向けて、
いつの間にかたまっているほこりを見つける。

そして、そのほこりを取り除いていく。

それが、
家をきれいに守っていく心がけだと思います。

いつもとは、ちょっと違う所に、
目を配ってましょう。



*10月17日
冷蔵庫。

25年ぶりに冷蔵庫が新しくなりました。

電気製品なので気持ちが通うとは、
思わない方がいると思いますが、
私は心が通うと思っています。

だから、新しい冷蔵庫が我が家に来たときは、
「私のところにやって来てくれてありがとう。
これからよろしくね!」
と声をかけて挨拶をし、名前もつけました。

う〜〜、名前はチョット内緒です。

馬鹿みたいだとおおもわれる方も、
多いいと思いますが、

残りの人生をこの冷蔵庫と共に、
生きていくのですから。

これが私の生き方です。


*10月19日
扇風機。

もうずいぶん前のことですが、
私が結婚した時から使っていた、
緑の扇風機の話です。

とうとう、
緑の扇風機の首が回らなくなって、
新しい扇風機を買い求め、
緑の扇風機を、
大ゴミに出す事になりました。

なぜか、心が痛み、
「ごめんね!今までありがとう」
と心でささやきました。

心のどこかで修理して、
使ってやればいいのではないか、
という気持ちがあったからだと思います。

修理して使うような、
時代ではなくなって来たのですね。

大ゴミに出しに行きその場所に置くと、
緑の扇風機が、とても寂しそうに見えて、

それでも、「今まで、本当にありがとう」
と声をかけて、その場を立ち去った。

少し歩いて、
やっぱり振り返ってしまった。

その時の情景は、
今でも私の心に鮮やかに残っています。

だから今では、
大ゴミに出すことは、
主人に頼んでいる私です。



*10月21日
信じる。

自分を、私を、信じる。

そこからすべては始まり、
すべては歩んでいく。

自分を取り巻いている人々を信じるには、
自分を信じていないと長続きしない。

まわりの人を信じていると、
待つことができる。

まわりの人を信じていると、
許すことができる。

そのためには、
自分で、自分を信じることが大切です。

そして、
互いに歩んでいく速さは違っても、
互いを感じる距離感で、歩んでいける。

心の自由を守るために、
目指したところに向かうために、

自分を、私を、いっぱい信じましょう。

信じきりましょう。

そこから、すべてが始まります。



*10月23日
直感。

自分の直感を信じましょう。

直感とは、自分の中にある、
もう一つの声です。

何かの折に、ふと頭をよぎる言葉には、
意外とまとをえていることがあります。

直感に、耳をかたむけて見ましょう。

それは、打算のない正直な自分の声です。
それは、いちばん素直な自分の声です。

直感と仲良しになることは、
自分と仲良しになることです。

自分を信じて、
直感を信じて、

生きていきましょう。



*10月25日
植木の緑。

ベランダで少しだけれど、
植物を育てています。

夕方、水をやりながら、
ほんの少しの緑に心が癒されています。

ところが、
今年の夏は暑すぎて、
葉を落とす植物がありました。

水はやってはいるのだけれど、
どうしても 葉がしおれてしまい、
どうすることもできなかった。

心が痛み、
見るのも辛い日々を過ごしました。

そんな時、ふと
「ごめんね、助けてあげられなくて」
と声をかけてしまった。

すると、自分の中で、
何かがスーッと小さくなり、
気持ちが穏やかになった。

それから、
その植物は、
いきをふきかえし元気になってくれた。

葉の落ちた姿はいたいたしいが、
新しい芽を出してくれています。

今でも、
その時の気持ちの変化を、
思い出すことができます。

こうして、
植物と会話をしながら生きていくのも、
いいものだと感じています。



*10月27日
サブマリン。

以前、パンをよく焼いていた。
息子たちに、喜んでもらうために。

私の住んでいる公団住宅は、5階建。
昔ながらの住宅で階段で5回まで上がる。

ある日、
玄関の外でほうきを履く音が聞こえた。
何事かと思い覗き窓から見てみると、
3階の人が階段を掃除してくれていた。
心の中で「ありがとう」と。

ある日、焼きたてのパンを、
3階の人にお裾分けで持っていた。
「いつもありがとうございます」
の言葉を添えて。

すると3階の方は、
「今日、朝からベランダに出ると、
パンのいい匂いがしていて、あなただったのね」と。

「このパン、なんていうパンなの?」

「形が潜水艦に似ているから、サブマリンというんです」

私は、階段を降りながら、
ビートルズの
「イエローサブマリン」
のメロディーを口ずさんでいました。



*10月29日
言葉。

その言葉を口にした途端、
そのようになってしまう気がする。

孫に、自分をどう呼んでもらおうかと考えた時、
「ばぁば」は、嫌だった。

そう呼ばれた瞬間から、「ばあさん」になってしまう気がして、
だから、私は、「たまちゃん」と呼んでもらっている。

あるテレビドラマで、孫とおばあちゃんが会話していて、
「〇〇〇、どうしたの?」
「あのね、〇〇ちゃん、ぼくさ、いきたくないんだよ」

その、シーンを見た時から、〇〇ちゃんに憧れていた。

私も、たまちゃんと呼ばれたいと。

無理をして若作りする必要はないが、
無理に「ばあさん」になる必要もない気がする。

年相応に、自然に生きていきたい。

小さなことではあるが、
「ばぁば」と呼ばれた途端、
ばあさんになってしまう気がする。

それくらい、言葉には力があると思う。







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